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櫻灯路

千年前の日本 千年後の日本 つなぐのはあなた
05/11/2009

MVP松井秀喜 おめでとう!

 

 532      十月櫻(真如堂)

 

 

 

MVP 松井秀喜 おめでとう!

 

 

 我が長男は九紫火星の火の出るような男児らしいので、真夏に生まれたことでもあり、

四柱推命での運勢に変わりはないのでしょう。日々大泣きし、身長体重とも平均値より遥かに大きいようで、どんな男になるのでしょう。

身分は当然あるわけでなく、平安時代なら「大学寮」に入れ、男手(おとこで)の証拠である笛や漢文を習わせるのでしょうが、

果たしてどう成長するのでしょうか。長男・大風の誕生花と、京都・真如堂に咲くジュウガツザクラを並べて写真をアップさせて戴きました。

 

 今日のワールド・シリーズ。フィリーズとの熱戦を制し、松井秀喜が大活躍。ご両親が御覧になられておりましたが、

母親のほうは常に祈るようにして手を組み、父親はサングラスをかけ静かに観戦しておられました。

熱戦は続きました。手首を骨折したり両膝を手術したり、今年の松井選手は散々だったと思います。

第一打席でツーランホームラン!第二打席は単打でしたが、2点タイムリー。

そして第三打席はあわやホームランかと思えるような大飛球、2人が帰って2点追加。

何と打点が「6」というのは大リーグ(ワールド・シリーズ)でタイ記録だそうで、恐ろしいまでの集中力。孤高の大打者・松井秀喜でありました。

今年から新球場のヤンキースの大観客は全員スタンディング・オーベイションで、松井のMVPを声高に叫んでいます。

それでも最後まで冷静な松井。四年契約の最終年、インタビューでは来期もやるかとの問い!

そしてついにやってきました。7年ぶりのワールド・チャンピオンの瞬間。

やっと松井の顔、破顔一笑!!何と松井秀喜がMVPに!!

何度も何度も大親友ジーターと抱き合っている時、私は感動のあまり泣いてしまいました。

孤高の大打者・松井秀喜!!何と言う晴れ姿なのだろうか。

 

 赤ん坊の我が長男にも観せていましたが、この子がこんな偉大な人になることはありません。

ただ松井秀喜の渾身の辛抱強さを学んで欲しいと、心から念願しています。

火の燃えるような男児に育つはずですが、他(ひと)には優しく、自身には厳しい男児に成長して欲しいです。

今夜は、妻と長女と長男と、我が父と、静かに松井秀喜に祝杯をあげようと存じます。早速松井秀喜にメールも送りました。

おめでとう松井秀喜、ヤンキース、そしてニューヨーク市民、永年お付き合いをしてきた甲斐があったというものです。

たくさんの勇気と感動を心から有難う、そしてこのブログの読者にもハッピーであることを心から祈っています!

 

 

 櫻灯路

 

                             代筆 庵の軒下

 

23/08/2009

草の庵の静けきに

 

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亡き主人の油彩 200号 『小田代ヶ原』

 

 

 

草の庵の静けきに

 

 

夏、否応なく誰にでも訪れる原爆慰霊祭や終戦記念日や、旧盆も終わり、ようやく静かな落ち着きを取り戻したかに見える。

祭りの喧騒を、寧ろ惜しむかのように、明日、地蔵盆。京都の街のロージ(路地)ではあちらこちらで子供たちの歓声があがることだろう。

忍びよる秋の気配。既に吾亦紅の花を我が家に活けてある。静かな夏の終わりの宵。天橋立で、お精霊さま流しも終わったに違いない。

待ちかねる収穫の時季はもう直ぐ。長月・白露の前には越中・八尾の風の盆。すっ高い歌声が響き、胡弓や三味の音が聞こえるような、

静かな闇の中、水路のせせらぎ、酔芙蓉の花が益々紅の色へと。街流し、夜を徹し、小集団が踊り回る。薄っすらとした明け方、

下の井田川の岸辺に生るグミの実、興奮冷めやらぬ顔を水辺で漱ぐ。あの踊りは何だったのか、幻か、仄かな憧れか。

 

すっかり挽歌となった本ブログにも、未だにたくさんの読者さまが訪れて下さって、どんなに感謝していることだろう。

愈々櫻山計画が動く。岐阜山中に、山を求め終わり、かの笹部新太郎翁の夢の跡を追いつつ、主人の夢を果たすことだろう。

今、辛うじて公共施設への苗木の無償提供をコツコツとやるだけであったが、笹部翁が目指したように、山櫻か江戸彼岸を植えたいと、

我ら一同気合入れ給うが、染井吉野のみ植えたき意向が目立ち、ままならぬ現状、深く嘆き給いぬ。櫻の苗木より、

先ずお人さまへのご理解が必須となれり。嘆くまいて、染井吉野の寿命が証明することだろう。無為でいるのがいい。

下手な目的なぞなければないほどいいのかもと、我と我が身に言い聞かせ給ひぬ。千年の夢を追うがため、焦りは一切要らぬ。

 

吉野山・中の千本に、笹部翁の『櫻頌』あり。瀧のように上の千本から櫻舞ひ盛れり。

花見倉、水分(みくまり)神社、竹林院群芳園、蔵王堂前の四本櫻、吉水神社、義経・静の別れし惜別の彼の地、南朝の悲劇、

愛染明王、漆黒の黒門、櫻の花びらの神紋、西行庵、芭蕉も飲めり苔清水、鬱蒼と繁れり吉野杉、奥千本の楚々たる華やぎ、

我ら一同めくるめく花の聖地への再生と復活。この秋より一層激しく追い求め給はんぬ。

 

真夏、暑き中に、来期の櫻が花芽つけいたり いといとおしや

 

 

櫻と歳時記のブログ 櫻灯路

(主人代理 庵の軒下こころして記す)

 

 

智積院蔵 国宝 長谷川九蔵『櫻図』

27/07/2009

アラスカ ブッシュパイロットを目指して

 

ユーコン川支流 カナナ川にて 漣のように見えるのがキングサーモンの群れです

 

 

 

              アラスカ ブッシュパイロットを目指して

 

 アラスカの6月はキングサーモンの解禁月で 今月はシルバーサーモン そして来月はピンクサーモンの解禁の、それぞれの月である。ふとそんなアラスカを思い出す時、どうしても主人のことが念頭から離れることはありません。早いもので、主人が亡くなられてから明日で満三年となる今年の忌日(当時8月2日に単に「ご通知」としてだけ出させて戴きました)、私にとりましても激動の3年間だったと存じます。当時本ブログの更新をしないつもりでしたが、主人の永い期間祐筆だった私が、少しは主人が自身のブログに掛けた夢の跡追いをしようと思いました。その一番の理由は皆さまから本ブログが未だに愛され続けているということです。従って、私個人のブログが主体にせざるをえないのですが、又ぼちぼち、多分主人頭の中にあるであろう夢の欠片を少しずつ書き綴って参りたいと存じています。私「庵の軒下」ことMは、個人的には結婚し、子供が出来、そうして弟君さまに、会社のすべて権限と運営を委任・移譲し、私は櫻専任の仕事に就きました。

 主人にはあふれるばかりの夢や仕事がありました。櫻・能楽・旅・絵画・民俗学・真言密教、そして中でも最も強い憧れはアラスカで、ブッシュパイロットになることでした。ブッシュパイロットというのは、厳寒の山野や氷河などに軽飛行機で、離発着する特別に専門的なパイロットのことです。無論飛行操縦の資格はアメリカで取っておりましたが、何といっても偶にしかアラスカの山荘に行けないものですから、専門のブッシュパイロットではありませんでしたが、それでもアラスカの大地を縦横無尽に飛んでいました。アラスカに来た時だけは日本のことや仕事のことが忘れられるからと言って、ハワイの別荘やチューリッヒ郊外の別荘に行くより遥かに楽しみにしていたのです。フェアバンクスの丸太小屋にお住まいで、ご結婚前の星野道夫さんともよく行き来しました。櫻と同等に本当に好きだったのは、実はアラスカの大地だったのです。

 久し振りに主人乗っていた軽飛行機を登場させ、明日のご供養の一端としたいと存じます。そう言えば、星野道夫さんがカムチャッカ半島で、ヒグマに襲われて亡くなられたのは、星野さんが42歳の8月8日でした。私たち主従は、彼の死を全く受け入れることは出来ませんでした。その後、僅か数年で我が主人も急逝してしまうとは、まことに人生は無常であるのだと自らで教えてくれているようなものであります。でも遺された私は、彼の分まで敢然として生きて行かなければなりませぬ。星野道夫さんがよくおっしゃるイノチの循環を心に刻みつつ。

 

 

 主人が最高に愛した真紅の愛機でした

 

 氷河へのランディングは何度も繰り返し試してから滑走しておりたものです。でも殆どが勘に頼ってのことですから、やはり永年の熟達が必要なことでした。雪を固めてからでないと降りても、次に上昇するスピードが出せないためです。湖水や、大湿原に下りる時も、私が同乗するとハラハラばっかりしておりました。その上会社の要人として二人乗りを主人が禁じたことでもあったのですが、マッキンリーやフォレイカー山の雪原に果敢に挑戦していました。櫻守としての主人と合わせ持った一面です。明日は再び主人に逢えるでしょうか。何だかドンドン遠くまで、この飛行機に乗って行ってしまうようで、改めて淋しさを隠しきれませぬ。追悼の意を込めて、南無大師遍照金剛!

 

 カヒルトナ氷河上空にて

 

 

 

 

 櫻灯路 

 

   筆、庵の軒下   

 

 

28/05/2009

35万Hit 心から御礼申し上げます!

    

 

 

 

 

 35万Hit 心から御礼申し上げます

 

 本Blogは 今は亡き主人のblogでしたが、彼の亡き後、少々私が後を引き継ぎして書かせて戴きました。

でも私本来のBlog『硯水亭歳時記 Ⅱ』に移りましてから、ここは殆ど更新することなく、

更に本日まで削除も一切申し上げず、このままでやって参りました。

でも、本当に皆さまのお陰であります。とうとう35万ものアクセス数を頂戴し、今尚読みつがれております。

本日は我が妻の写真を添付し応援を戴き、ささやかに御礼のお言葉にかえさせて戴きとう御座ります。

実はネット中傷やらネットストーカーやら、過去ここでは色々と御座いましたが、すべては過去のことで御座います。

そしてこのように地味なBlogに、日々たくさんの方々がおいで戴き、

心から感動するとともに、深く感謝申し上げるものであります。皆さま本当に有難う御座いました。

皆さまのご健康とご多幸を心からお祈り申し上げます。有難う御座りました。

 

 

 

 

櫻灯路

 

代筆 庵の下 (現 硯水亭主人)

 

 

 

CIMG3996 の補正

本日午後2時半頃のアクセス数です

 

25/04/2009

櫻の花を板と踏みし

 

 

 CIMG2462

御苑内の八重櫻

 

 

                          櫻の花を板と踏みし

 

 

 春爛漫の京都をはずして、四月半ば過ぎに京都へ行ってまいりました。きっと仁和寺の御室櫻や常照皇寺の九重櫻が運良く満開であろうと思われたのですが、奇しくも温暖化の影響でしょうか、既にその時季は終わっていました。幾らかの淋しさの中、京都御所や仙洞院御所などをホワリと巡って来ました。所々に咲く八重櫻だけで充分で、千年の都のあとに、爽やかな風が吹いていました。

  京都御所と仙洞御所の、嬉しいご訪問の後、花や咲くやと仁和寺に向かいました。今年の櫻の予想は難しく、ずっと待って、そして突然満開の時が訪れます。予想不可能な花時でした。私は、仁和寺の櫻模様に今年の櫻を覚悟致しました。既に満開を終えていました。その代わり、御衣黄(ぎょいこう)や一葉(真ん中に緑色の葉のようなものがある美しい櫻)がありましたが、やはり本物の御室櫻は散ってしまい、あられもない姿でした。でもそれも又御風に感じられたのです。

  僕は、この数週間の櫻の時季を毎年狂おしくも大切に感じています。櫻には何のお咎めがあるでなし、平安、或いは記紀万葉の時代から愛されて来たのでしょう。私は、このことにいたく感動致します。そして櫻の花が多く、世界の平和に既存することを望みます。愛する日本、そして恩愛ある世界の導に、僕はとくとくとして賛成し、僕たちの文化から発せられる中和と和解に、深く心を致す所存です。

 

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  仙洞御所の山櫻

 

  今日のBGMは 平原綾香の「今、風の中で」

 
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たんぽぽ 朴の木

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櫻馬鹿 ひたすらに櫻の植樹に従事す

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